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原発について考える

2011年6月1日

東日本大震災で福島原発のニュースやそれに関する親書が出ている。ある新聞の記事を読んでいろんな思いを感じた。

福島第一の1~4号機はアメリカ(GE)の「マークⅠ」型原子炉で、日本に9基米国に23基ある。安全確認をしたのは1958~62年半世紀前のモデルで、この原子炉の設計にかかわったブライデンボー氏ら3人の科学者は75~76年設計に重大な欠陥があるとして、問題の分析が終わるまで運転を中止するよう要求するも聞きい入れられず、3人は抗議の辞職をしました。この問題の構造的欠陥が現実に証明される結果になりました。

原子力の最初の実用化は核兵器だった。もともと戦争の為に開発したもので安全性は二の次、安全性を考えないまま作った弱点が今の原子力発電にそのまま残っている。

原発はまだ未完成の技術。今の全ての型の原子炉に共通の深刻な問題がある。それは、ウランを燃やしてできる膨大な放射能を含んだ大量の死の灰を、原子炉の内部に『絶対かつ完全に閉じ込める技術がまだないことです。そしてもう一つの弱点は、燃やした後の残りかす、「使用済み核燃料」の適切な処理方法が見つからないことです。100万キロワットの原発が1年働いたら広島型原発1000発分の死の灰が溜まります。これを処理できず発電所がプールで保管し続けています。自分が生み出す核廃棄物の後始末ができないような利用の仕方が本当に完成した技術と言えるのかどうか・・・?

では、なぜ欠陥があるにも関わらず進めてきたか・・・?営利目的以外にないのではないでしょうか・・・?

日本の原発開発が米国依存で進められ、米国の核兵器生産で出来る余剰ウランの供給を受けて拡大しやてきた、この政策の根元には日米安全保障条約を基礎とする対米依存構造がある。

原発を批判する記事に圧力をかけるマスメディアの統制、原子力をパラダイスのように描いた教育や安全神話、なぜそこまでして原発を推進するのか・・・?利潤追求の結果は見えているのに何故そこまでして推し進めたいのか・・・?一部の人が犠牲になって繁栄してもいいのだろうか・・・自分さえよければ、その場だけ良ければ・・・次の世代のことも考えているのだろうか・・・? 仏教では因果の道理からすると…結果は見えている。まいた種は生える、刈り取らなければならないんだ。

 使用済み核燃料

使用済み核燃料は、保管中も崩壊熱を出し続けます。全電源が喪失すると、使用済み燃料を冷やせなくなります。温度が上昇して、燃料棒が溶融し、水素爆発や大量の放射能放出の危険があります。

使用済み核燃料の再処理技術は未熟で、原発以上に危険をはらんでいます。再処理工場では通常の行程で放射能が排出されているのです。

政府は青森県六ケ所村の再処理工場で処理する方針ですが、事故続きで稼働せず、原発での貯蔵容量が限界に迫っています。この再処理工場の建設費が着工以来2兆円を超えましたが17年たった今も本格操業は出来ず、高レベルの放射能廃液処理も中断しています。放射能を最終処分する処分候補地さえ定まっていません。

再処理技術が確立されていないため、原発が廃炉になっても、使用済み核燃料は、安全に保管し続けなければなりません。これが原発の現実です。

再処理は完成した技術とは言えず、施設での重大事故がこれまでに世界で20余件も報告されています。

それでもアメリカ、フランス、ロシア、日本は原発推進の立場・・・スイスでは全5基の原発を34年までに廃止すると決定。イタリアでは原発復活計の無期限凍結法が成立しました。ドイツでは2022年までに原発廃止、メルケル首相は、再生可能エネルギー比率を現在の17%から20年までに35%に倍加するなど『エネルギー政策の根本的見直しで他国の模範となる』と語りました。

さあ、我々はどう考え行動したらいいのでしょうか・・・?

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