八百津町の疑惑
2017年2月21日
八百津町が世界登録遺産をするという杉原千畝生誕地疑惑。
観光目的で整備した5宝の滝、どんな説を読んでも宮本武蔵の修行しておらず、専門家の間では笑われているという話…
でも、オイラは宮本武蔵がここで修業したと新聞に載ってたから信じてワクワクして5宝の滝を見に行ったがそれも嘘なのかと思うとガッカリです。
もしこれが本当ならば、岐阜県と八百津町は国際的にもうその街と言われ大恥をかく。
八百津町は杉原千畝は八百津町で生まれ育った地だと言ってきた。
しかし、戸籍には上有知町890番戸、(現在の美濃市教泉寺の借間)で生まれ、眼下に千畝の広大な畑が見えていたこともあり千畝の名を付けたのではないかと言われています。そこには千畝町という町名もあります。
しかし、戸籍には上有知町890番戸、(現在の美濃市教泉寺の借間)で生まれ、眼下に千畝の広大な畑が見えていたこともあり千畝の名を付けたのではないかと言われています。そこには千畝町という町名もあります。
八百津町は母の故郷北山で生まれたということを言っているが北山の生家の人や地元のどこで聞いても、その証拠や記録はないという。それでも八百津町で生まれたことにしたいのだろうか…?
これをCBCの問いに古田知事は、戸籍を否定して八百津町で生まれたと信じている。金子町長は昔から言われてきたのでそう思っているとテレビで言っているのを見て、戸籍よりも人の話を信じるのかよ…とあほらしくなった。
それに、杉原千畝は八百津町で暮らしたことは一度もないことも、父の転勤の資料が示している。
そのうえ、疑惑をテレビで報道されると八百津町ホームぺージでの反論は、上有知(美濃市)で出生届を出した…と書かれているが、その反論も戸籍には受付入籍になっている事実から嘘がわかる。
戸籍法を調べもしないでよくこんな反論が書けるのかと呆れる。
千畝の手記にしても、筆跡鑑定で本人の文字ではないと出た。明らかにほかのだれかが意図的に書かれたものだと思われるものだ。
八百津町はテレビの取材にも見苦しい対応の数々は、まさに知っていながら地域振興と観光地目的に進めているとしか思えない。
人道の丘を建てたものの人道に反して疑惑を解明もせず進める八百津町は嘘の街と言われかねない。
にもかかわらず、疑惑を解明しようとせず世界遺産登録をしようとしている古田知事や金子町長…これでいいのでしょうか…
杉原千畝記念館も生誕の地八百津町と書かれています。
いまだ各新聞も八百津町出身と書かれていることに我々は騙されているのかな~?
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コメント
初めまして、岐阜県在住の侑樹と申します。
私は、八百津町にある通行止の国道418号やその周辺が好きで、去年から何度も足を運んでいましたが、ネット上で杉原千畝氏の出生に関する話・映像を見聞きし、これに対する八百津町の姿勢に心底嫌な感情を持ちました。
今まで出生・出身地だと主張してきた根拠も有耶無耶、そして現在ではその主張もこっそりホームページから削除、本当は違うと分かっていたことを認めず、認識が間違っていたとも言わず、何もかもが有耶無耶、実態の無い幻のようなお話ですね。
八百津町の子供たちが可哀想だと真剣に思います。
自分の住む町を管理する大人達が、都合の悪いマスコミの追及から徹底的に逃げる光景を見たら非常な屈辱を感じるでしょう。
私もそんな所で育ったとは人に言いたくありません。
ユネスコに申請している内容がどんな決着を迎えても、町に対する悪い印象は変わりません。
投稿: 侑樹 | 2017年7月28日 (金) 23時16分
コメント気づかづにごめんなさい。
国道418号線は?何年前か忘れましたが、むかしむかしオートバイで走ったことありますが未舗装の悪い道でした。その時も通行止めの看板があったと思います。良い処ですね。
杉原千畝は昨年このこと知って、腹立たしい思いでいっぱいでした。
何故嘘までついて申請したいのか・・・
行政に携わる人たちの中で勉強が出来て賢い人は悪賢い考えも働くんでしょうね。もう少し人格の備わった人がいてほしいです。
杉原千畝出生について、千畝の4男さんが意義を唱えているみたいですが聞く耳持たない八百津町みたいですね。
残念でなりません。
投稿: piramiltudo | 2017年8月 1日 (火) 22時16分